Policy Insight No.2

炭素国境調整メカニズムとその展望

Carbon Border Adjustment Mechanism (CBAM)

ディレクター
大木孝拓

ポイント

本稿では,現在欧州にて議論の進む炭素国境調整メカニズム(CBAM)を取り上げます.加速化する欧州気候・エネルギー政策において域内産業界の国際競争力を担保するとともに,従来から懸念されていたカーボン・リーケージに対する有効な対応策として欧州の政府関係者が注目されている一方,EU域外の主要国から懸念の声も上がっています.本稿は,CBAMを巡る欧州の政策的な動き及びその影響について考察しています.

1)現在欧州委員会は,カーボン・リーケージ及び域内産業の国際競争力担保への施策として炭素国境調整メカニズムを検討している.

2)制度設計にあたっての政策オプションとして,①炭素輸入税アプローチ,②消費ベース炭素税アプローチ,③EU-ETSの輸入製品への適用の3つが検討されている.

3)欧州CBAM導入の動きは各国の政府関係者が着目しており,日系企業は,欧州での政策議論・動向を注視していく必要あり.

Summary

This article focuses on the carbon border adjustment mechanism (CBAM) that is currently discussed in Europe. The CBAM is being considered as one of the most effective measures to address the issue of carbon-leakage and maintain the international competitiveness of European industries in the context of EU’s rising climate ambitions. This short article analyses policy discussions on the CBAM and its implications.

1) European Commission is currently considering the introduction of a carbon borader adjustment mechanism in view of addressing the issue of carbon-leakage and maintaining global competitiveness of European industries.

2) there are three policy options currently on the table: 1. carbon import tax; 2. carbon consumption tax; and 3. the extension of EU-ETS to imported goods

3) Policy makers across the global are closely following policy discussions in Europe. Japanese should closely follow these regulatory trends and discussions

炭素国境調整メカニズムとは

2019年12月に公表した「欧州グリーンディール」(以下EGD※)にて,フォン・デア・ライエン欧州委員長は,欧州が今後,今まで以上に野心的な気候・エネルギー政策を展開していく上での一つのリスクとして,「カーボン・リーケージ」(炭素もれ)を指摘した.これは,EUが野心的な気候目標達成に向け温室効果ガス(GHG)等各種排出規制を厳格化していくと,より効率的な産業構造への変換を促すという効果は期待されるものの,それ以上にEU域内で活動する規制対象産業にとって大きなコストとなり,安価な輸入製品に対する競争力を失い,ひいては域内産業の活動鈍化や海外移転等を招きかねないとする考え方である.また,EUを含め,特定の国・地域が野心的な気候変動対策を積極展開することで,同国・地域でのエネルギー消費が抑制され,結果,世界全体のエネルギー価格が下落することで,規制の緩い国・地域でのエネルギー需要が増加するとする間接的カーボン・リーケージも指摘されている.

したがって欧州委員長はEGDにて,カーボン・リーケージのリスクを軽減する措置として,「炭素国境調整メカニズム」(Carbon Border Adjustment Mechanism,以下CBAM)を導入し,炭素含有量に応じて輸入製品の価格を調整すると述べている.なお,2020年9月に行った, 施政方針演説State of the EU Address)においても,パリ協定の観点から2030年目標を現行の40%から55%へ引き上げるにあたって,CBAMの導入が非常に重要であると指摘している.

 具体的な法案策定にあたって欧州委員会関税同盟総局(DG TAXUD)は,2020年3月に初期アセスを公表,同年7月から10月にかけてパブコメを実施した.合計615件もの意見が提出され,その要約が2021年1月に公表されたサマリー・レポートに掲載された.そこではCBAMへの期待値は高いものの,様々な実務的課題が残されていることが指摘されている.これらを踏まえ,本年第2四半期に欧州委員会による法案が公表される予定である.

※概要はEGDにフォーカスしたPolicy Insight No.1を参照

制度設計にあたっての政策オプション

直接・間接的カーボン・リーケージに対処するには,国・地域内外のモノやサービスに体化されたCO2排出量を把握し,その度合いに応じ是正措置を講じ,国・地域内外の産業間でのレベル・プレーイング・フィールドを確保する必要がある.この問題については,これまで長年にわたって欧米諸国を中心に議論されてきており,具体的な制度設計にあたっての政策オプションは大きく3つに分別される.

第一に,関税や国境炭素税といった形で,輸入製品に対して税を課す施策である(「炭素輸入税アプローチ」).国・地域内の炭素価格と輸出元の国における炭素額の差分を把握し,その差額を輸入税として課す施策である.野心的な気候変動対策を展開する国同士で「クラブ」を形成し,気候変動対策に熱心でない国々に対して輸入税を課す「クラブ方式」や国・地域内で製造された製品の中で最もCO2排出が多い製品が負担する炭素価格を輸入製品に課し,輸出国側の生産者側は,実際のCO2排出がそれよりも少ないことを実証することで輸入税を減免できるというより実務的な案も

考慮されている.いずれの場合も,輸入製品価格を上昇させることにより,国内産業の競争力低下を防ぐだけでなく,産業活動及びそれに伴う炭素排出の海外移転回避や,排出規制に熱心でない国における気候変動対策を促進することも期待されるが,その一方で,後述する国際貿易上のルールとの整合性が重要となる.

第二に,国産・輸入品を問わず,特定製品・サービスに対し,それらの生産過程において排出した炭素量に応じた税を課す施策(「消費ベース炭素税アプローチ」)が挙げられる.輸入品か否かで課税する上述の炭素輸入税アプローチに比べ,生産地を関わらず製品・サービスの消費に対して課税するアプローチであり,国内外の産業国際貿易ルール上の懸念が少なくなる. 多様な制度設計が考えられるが,セクター毎(あるいは鉄鋼分野における電炉と高炉のような各セクターごとのプロセス毎)に炭素排出量をベンチマークすることや製品毎のライフサイクルCO2排出量ラベリングなどが重要な検討項目となる.

第三に,欧州排出量取引制度のような既存の国・域内の排出規制を輸入品に対して適用する方法が挙げられる.排出取引の義務を国・地域内輸入業者に課し,排出枠(Cap)を設定,商品取引がその枠を超える業者については罰則を科し,下回る業者については排出枠を市場取引することを許可するものである.また,国・地域外の生産業者に排出量取引制度を適用する制度設計も考えうるが,国・地域外に所在する産業に対して規制を課すことから,WTOルール上懸念のみならず,政治的な軋轢にも発展しやすくなることが指摘されている.

なお,徴収した税については,国・域内製品を海外に輸出販売する際に,税を還付する施策(輸出製品への税還付アプローチ)が考えられる.製品の製造工程等や国・地域内の排出権取引制度下において支払った金額を輸出時に還付することにより,海外で炭素税等が課されていない製品に対する価格競争力を確保するとともに,自国・地域における気候変動対策がさらに厳格化された場合であっても,国・地域内産業が国際競争上不利な立場に陥ることを防げることができると考えられている.

現在欧州委員会は関連法案を起案中であり,それが公表されると通常立法手続きに則って,欧州議会および加盟国理事会にて法案審議が実施される.欧州議会に関しては,自身の立場を示す非立法手続きであるOwn initiative procedureに則り,CBAM導入サポートや制度設計に関するコメントをまとめた決議案採択の準備を進めている.

CBAMの影響

製品が含有する炭素量の計算方法や対象製品等を含む制度設計によってCBAMの影響は大きく変わるが,欧州に生産拠点を持っている企業,欧州市場に製品を輸出している企業等は,CBAMに関する政策動向を注意深くフォローする必要がある.

欧州委員会は,CBAMの当面の対象セクターとして,製鉄やセメント,電力等炭素含有量が多いエネルギー集約セクターを考えており,いずれはアルミや肥料を含むケミカル等にも対象を拡大する可能性も示唆している.また,CBAM導入を巡る政策的動きは各国の政府関係者が着目しており,欧州外にも目を向ける必要がある.2020年末に日本政府が公表した「グリーン成長戦略」においても,国内鉄鋼業等の国際競争力を確保するための産業政策の一環として,欧州での議論を注視しながら検討を進めていく旨が指摘されており,2021年2月に研究会が発足,国境炭素調整措置が議論された.米国バイデン政権も,炭素調整税や炭素含有量の多い輸入品に対する輸入クオータの導入を選挙公約に掲げており,今後政策検討が行われていくことが予想されている.一方,国によっては報復関税措置等を検討する可能性も示唆されており,併せて政策動向を注視していく必要がある.

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