Policy Insight No.3

EU域内排出量取引制度の現状と展望

EU Emissions Trading System (EU-ETS) and Higher Ambitions

ディレクター
大木孝拓

ポイント

本稿では,欧州気候変動政策において中心的な役割を担ってきた欧州域内排出量取引制度を取り上げます.欧州全体で加速化する気候変動対策の流れを踏まえ,現在欧州委員会はEU-ETSの改定法案を起案中です.そこで本稿は,EU-ETSの歴史的変遷を振り返るとともに,現在の政策的な動きについて考察します.

1)パイロット・プロジェクト的に2005年に立ち上げられた本制度は,度重なる改定を経て現在フェーズ4に突入している.

2)フェーズを重ねるごとに制度が大幅に改善されてきており,欧州におけるGHG排出削減に大きく貢献,2005年から2019年にかけて対象セクターの約35%のGHG排出削減をもたらしている.

3)2030年迄に2005年比で40%減という現行目標から更に高い目標設定を睨むとともに,これまでEU-ETSの対象とならずに温室効果ガスの排出が著しい海運部門や道路交通部門,建物部門への規制拡大等も併せて検討されており,また,別途議論の進む炭素国境調整メカニズムともリンクしており,規制動向を注視していく必要がある.

Summary

This short article discusses the EU’s Emissions Trading System (EU-ETS) that has been playing a key role in reducing the GHG emissions from energy intensive sectors in Europe. The European Commission is currently revising the system in the context of the acceleration of the EU’s climate and energy ambition since the inauguration of the new European Commission. This paper looks into the historical development of EU-ETS and analyses the ongoing policy discussions.

1. The EU-ETS was launched in 2005 as a pilot regulatory project and has recently entered into its fourth phase after numerous revisions.

2. Having gone through several phases, the EU-ETS has become a key policy to reduce GHG emissions from energy intensive sectors, contributing to a 35% reduction of GHG emissions between 2005 and 2019 in the targeted sectors in Europe.

3. Currently, the European Commission is thinking ahead and considering to revise the existing 2030 target of reducing the GHG emissions by 40% compared to the 2005 levels and expand the EU-ETS to maritime transport, road transport and buildings that are CO2 intensive. Policy discussions for the revision of EU-ETS are also closely linked to the ongoing discussions on the carbon border adjustment mechanism.

EU域内排出量取引制度の概要

2005年にパイロット・プロジェクト的に開始された欧州連合域内排出量取引制度(EU Emissions Trading System,以下EU-ETS)は,2021年現在で16年目を迎えフェーズ4に突入した.EU-ETSは,規制対象となる施設や産業に対して各々の温室効果ガス(GHG)排出量に上限(キャップ)を課す制度で,規制対象者は各年の実際の排出量相当分の排出枠を確保することが求められる.削減努力により余剰排出権が発生した場合は,市場取引にて売却することも可能なキャップ&トレード方式を採用している.京都議定書の目標達成のため欧州が世界に先駆けて導入した当該規制は,パリ協定等気候変動問題を巡る国際的な動きや欧州レベルで深化する気候変動対策に合わせる形で数多く改定がなされ,現在欧州経済領域(EEA)30か国にて,約一万以上の発電所や産業施設及び域内で運行する航空会社が規制対象とされており,EU全体のGHG排出量の40%以上をカバーしている.

EU-ETSの歴史的変遷

フェーズ1(2005~2007年)及びフェーズ2(2008~2012年)時には既に,電力セクターや鉄鋼,セメント等を含むエネルギー集約産業10セクターを中心にEU域内のGHG総排出量40%をカバーしていたが,排出削減のカギとなる規制対象者への排出枠配分は,過去のGHG排出量分を既得権として考慮するグランドファザリング手法に基づいて加盟各国が各々設定していた(国家割当計画(NAPs)).結果,フェーズ1下では排出枠過剰となり,フェーズ2にキャリーできないことも相まって,2007年時点での価格がほぼゼロとなった.2005年比で-6.5%程度程市場全体のキャップの引き締めが行われたフェーズ2下でも,排出権無料配分を全体の95%から90%に限定する,航空産業に対象を広げる,排出枠のオークションを更に活用する等の施策も講じたものの,2008年の欧州債務危機によりGHG排出量が減少したことから,排出枠の余剰問題が再発した.しかしながら,炭素価格の導入や取引制度の立上げ,市場モニタリングや定期報告及び検証制度,排出枠を適正に管理するためのEUレジストリーの設立等,排出量取引の制度設計や改善,関連インフラの整備は進み,排出枠の市場取引量も着実に増えていった.

フェーズ3(2013~2020年)では,EU-ETSの大きな制度変更が実施された.第一に,新たにアルミや化学(アンモニア等)等が追加で規制対象とされたことが挙げられる.なお,2012年に対象となった航空セクターは,米国を中心としたEU域外の航空会社からの強い反対により,2012年11月にEU域外への国々へ発着する航空機へのEU-ETS適用を一時停止していたが,2014年からEU域内を通過した

距離に応じて排出量を算出する形で適用が開始された.第二に,各国NAPs積み上げによるボトムアップ的なキャップ設定及びグランドファザリング方式による過去の排出量分の保証という方式を改め, EU全体でトップダウン的にキャップを設定(毎年1.74%削減),排出権も総キャップの43%と大幅に制限した上,各セクターの優良施設トップ10%からの排出量をベースに配分するベンチマーク方式が導入された.なお,一部カーボンリーケージが懸念されるセクターについては,過去の排出量の100%に相当する排出枠が無料配布される措置が設けられた(Art.10b).

このように,EUが試行錯誤しながら展開し続けてきたEU-ETS制度は,セクター毎で効果に差異はあるものの,対象セクター全体としてGHG排出削減に大きく貢献,(下記図参照),2005年から2019年にかけて約35%のGHG排出削減をもたらしている.

排出枠と実際のGHG排出量の推移

出典:European Environment Agency

 現在,フェーズ4(2021~2030年)に突入したEU-ETSは, 2018年に採択された改定EU-ETS欧州指令に基づき,制度運用がより厳格化されている.背景には,パリ協定締結に伴う気候変動対策への気運の高まりが挙げられ,2030年迄に2005年比でEU-ETS対象セクター総排出量の43%減を睨み,21年以降キャップを毎年2.2%ずつ減少させるとしている.また,2000年台後半の経済危機や国際クレジットの使用等により欧州市場に発生した余剰排出枠を制限するためにフェーズ3より導入された市場安定化リザーブ(MSR)や域内産業への影響軽減を睨んだカーボンリーケージ対策についても,より厳格な運用をしていくこととされている.なお,長らく下止まりしていた排出枠価格は,フォン・デア・ライエン欧州委員長就任以降の加速化する気候変動対策(※)を受け,2020年末には,EU-ETS開始以来の高価格を記録している(31.3 EUR/t).

※詳細は,Policy Insight No.1「欧州グリーンディールと加速化する気候・エネルギー政策」参照.

欧州市場における炭素排出枠価格の変遷(EUR/t)

出典:Reuters

今後の動き

 欧州グリーンディールの公表及び2030年の欧州全体のGHG排出削減目標の厳格化(1990年比で40%減から55%に上方修正)を受け,欧州委員会気候変動総局は現在, EU-ETSのさらなる厳格化を検討中である.2020年10月に欧州委員会が公表したInception paperによれば,2030年までに2005年比で40%減という現行EU-ETS目標が欧州全体のGHG排出削減目標に追い付いていないことの他,EU-ETS対象外となっている海運や建物,道路交通等からのGHG排出が増加傾向にあることが問題視されている.2020年10月から11月にかけて実施されたパブコメの結果を踏まえ,欧州委員会は2021年第2クオーターに法案を公表する予定であり,その後通常立法手続きに則り,欧州議会及び加盟国理事会で法案検討が行われる.

 しかし,国際的なCO2価格が現状2米ドル前後となっており,域内外の価格差及びそれに伴う域内産業への影響が議論の的となっており,並行して行われている炭素国境調整メカニズムに関する政策議論下でEU-ETSの輸入製品への適用といった案も出ており,現行EU-ETSで対象となっていない企業も,同制度の改定作業を注視していく必要がある.

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