Policy Insight No.4

欧州における水素戦略とその展望

Hydrogen Strategies in Europe

ディレクター
大木孝拓

ポイント

本稿では,カーボンニュートラルの文脈で近年注目を集める水素に関して取り上げます.水素は,汎用性が高く多用途に使えるエネルギー・キャリヤーとして考えられ,EUの長期成長戦略である欧州グリーンディールにて優先課題に挙げられています.そこで本稿は,近年欧州連合(EU)及びEU加盟主要国にて加速化する水素導入の動きを考察します.

1)汎用性の高いエネルギーとして注目を集める水素は,その製造方法によりグレー水素,ブルー水素,グリーン水素に分別される.

2)運輸部門や鉄鋼及びセメント等CO2削減が難しいHard-to-abate sectorsの低炭素化に向けたソリューションの一つとして着目されている.

3)水素はいまだコストが高く,価格の下落する再エネ由来の電力を使用した水分解による水素生成やHard-to-abate sectorsでの水素需要創出,水素供給インフラ整備などが大きな課題.

Summary

This article looks into the role of hydrogen in the context of decarbonisation and clean energy transitions. Hydrogen is a versatile energy career that can provide solutions to multiple carbon intensive sectors, and therefore it will play a central role in long-term decarbonisation strategies in Europe. This short paper analyses recent policy development for hydrogen deployment in the EU and its key member states..

1) Hydrogen, which gains increasing attention from global energy communities, are differentiated according to hydrogen production methods.

2) Hydrogen offers a solution to decarbonise hard-to-abate sectors, such as iron, steel and transport.

3) Still many challenges for massive deployment, including its high production costs, scaling green hydrogen, creating greater demand for hydrogen in key carbon intensive sectors, and building infrastructure for hydrogen supply.

脱炭素化における水素の役割

水素は現在,製油所における石油精製や肥料製造(アンモニア)の他,限定的ながら半導体や光ファイバー,ステンレス等の工業製品生産が主な用途であり,世界全体の需要はおおよそ年間70百万トンで推移,世界総エネルギー需要2%を占める.水素は利用時にCO2を排出せず,燃料電池を通じて電気や熱エネルギーも供給可能であることから,2050年脱炭素化へ向けた政策的な動きが世界中で加速化する中で,発電から運輸,製鉄等の産業等,様々な分野において化石燃料の代替やエネルギー貯蔵手段として期待されている.なお,水素は,CO2排出の多い天然ガス由来のグレー水素,再エネ由来の電力を使用した水電解由来のグリーン水素, 化石燃料由来であるがCCUSを併用して製造するブルー水素に分類され,現時点ではグレー水素が支配的となっている.

水素利用のイメージ図

水素利用シーン
出典:環境省

欧州における水素導入の動き

水素は,現在世界中で脱炭素化へ向けた気運が高まる中で,運輸部門や鉄鋼及びセメント等CO2削減が難しいとされる産業部門(Hard-to-abate sectors)の低炭素化に向けたソリューションの一つとして着目されている.2018年に日本にて開催された世界初の水素閣僚会議を皮切りに,世界主要エネルギー消費国のエネルギー大臣が一堂に会するクリーンエネルギー大臣会合(CEM)下における国際的な水素パートナーシップ等,国際場裏で水素活用促進へ向けた気運が近年高まりつつある.一方,国・地域レベルの取組を見ていくと, 2030年に向けた行動計画である「水素基本戦略」を2017年に打ち出す等,日本が当初の水素論議をリードしていたが,ここ近年では欧州において水素への取組が大きく進展している. 欧州における水素導入へ向けた政策論議は,ユンカー前欧州委員会下で既に始まっており,欧州経済を脱炭素エネルギーシステムへ移行する上で水素が非常に重要な役割を担うことが,2018年に発表されたカーボンニュートラル戦略「A Clean Planet for all」に記載されている.フォン・デア・ライデン欧州委員会が発表した長期成長戦略「欧州グリーンディール」でも,水素インフラ整備や各種水素システムの実用化が2030年軸での優先的取組事項とされ,20年3月に公表した産業構造のクリーン及びデジタル化を推進する「欧州新産業戦略」では,官民連携を通じて水素技術の市場投入を促進する「欧州クリーン水素アライアンス」の設立が提案された.なお,同アライアンスは同年7月に発足,11月の「欧州水素フォーラム」での議論を経て,6つの作業グループを設置し,水素製造,輸送,産業利用,モビリティ,エネルギー部門での利用,及び暖房等民生部門での適用について検討を実施中である.また,20年7月に欧州委員会は「欧州水素戦略」を発表,脱炭素化におけるクリーンな水素の重要性を指摘し,電解装置や輸送インフラ整備による水素供給体制の構築,運輸や各種産業部門における水素利用促進による需要創出を,段階的に実施していくことを宣言している.

欧州水素戦略における段階的水素導入

出典:EU MAG

また,欧州域内単一エネルギー市場の創出などを主な目的として開始されたTEN-E(Trans-European energy networks)事業下でも,元々国や地域間の電力網,ガスパイプライン,オイル供給インフラ等の整備に主眼が置かれていたが,20年12月に欧州委員会が大幅な改定を提案,水素インフラ整備が優先課題の一つとされている. さらに国レベルでも,オランダドイツフランススペインなどを皮切りに,中央・東ヨーロッパ諸国でも既存ガスパイプラインの水素転用などの議論が行われている。欧州は, 2030年迄に域内最終エネルギー需要の約6%を,2050年には約24%を水素で満たすことを,域内全体の目標として掲げている.

欧州水素ロードマップにおける長期目標

出典:欧州委員会

今後の展望

脱炭素化の文脈において水素が大きな脚光を浴びており,上述のとおりEUや欧州各国が中長期的な水素戦略を公表してきている一方,クリーン水素の価格は依然と高く,今後,いかに水素販売価格を抑えていくかがカギとなる.現状,水素製造コストは天然ガスなどの燃料コストが大部分を占め(45-75%),欧州を含めガス輸入国・地域における製造コストは必然的に高くなっている.今後,世界全体で価格が下がりつつある再エネ電力を利用した水電解由来の水素製造をいかに拡大すると同時に,運輸や鉄鋼業などHard-to-abate sectorsでの水素需要拡大促進,水素供給インフラ整備などが今後の課題となる.

水素製造コスト(2018年時点)

出典:IEA

これら野心的な目標や戦略を実施するためには相応の投資が必要となるが,欧州は異なるEU基金や欧州投資銀行(EIB)などによる公的融資を活用し,2050年までに最大で約4700億ユーロの投資を行うとしている.

欧州による水素への投資内訳

出典:JPECレポート

水素関連企業団体である水素協議会(Hydrogen Council)が実施した調査によると,今後10年で世界で計画されている228もの水素プロジェクトの内,126件(55%)が欧州で実施予定とされており,今後欧州にて水素投資が加速化していくことが見込まれる.

世界全体における水素関連プロジェクト

出典:水素協議会

日本では川崎重工業などがこれまでの液化天然ガス(LNG)運搬船などの知見を利用して水素のサプライチェーンづくりに乗り出しており,菅内閣のグリーン成長戦略でも水素が脱炭素のキーテクノロジーとして位置付けるなど,官民で水素への気運が高まりつつあるが,欧州と比べ,生産や投資規模で格差が指摘されており,今後の動向が注目される.

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